- □□□ 「We See The Light」についての往復書簡 -
この投稿は□□□契約社員、仲西森奈と僕との往復書簡です。□□□ (クチロロ) の楽曲「We See The Light」について仲西がXにポストした問題提起を目にした僕からの提案により、このような形でやり取りさせて頂くこととなりました。
仲西以外の方へ
まずはこちらをしっかりとお読みください。
https://morinakanishi.com/fao_kuchiroro/
このようにお互いのブログを往復してのやり取りになります。
2通目 三浦康嗣から仲西森奈へ
まず今回の経緯や背景、仲西自身の考えを僕にも外部の人にもわかりやすいようにまとめてくれたことに感謝します。
またこのやり取りにおける全ての文章はあくまで□□□主宰、僕、三浦康嗣による見解であり、□□□正社員という名義上、立場を同じくする村田シゲ、いとうせいこう、は異なる見解を持ち得ることをここに記します。
改めて後述しますが、本件においていとうせいこうの瑕疵は一切ありません。なぜなら彼も他の契約社員同様MVの存在もその内容も一切知らされていなかったからです。厳密にはMVアップ6時間前に初めて完成版の一つ前の状態のものを僕からいとうに共有しましたが、そのことを以ていとうにも本件の責任があるとするのはさすがに無理筋だと考えます。
質問に答える前にMV制作の背景を補足します。
・今回のMV制作は三浦、村田を含む数人のLINEグループ上でのやり取りで進行した。
・このLINEグループはCDブックレットの制作、進行も兼ねていたので、特にコンセプトについてMV/デザインの境界が曖昧な発言が多数あった。
・LINEグループは主に気心の知れたメンバーで構成されている為、砕けた、あるいは抽象的な言い回しも多く、一見本筋と無関係な発言が、その後の制作の方向を決定付けているようなケースもあった。また、LINEグループメンバー全員の明確なGOサインがないまま、いつの間にか進行していたものもあった。これは今回に限らず□□□の制作においてよく採用される進行の型でもある。
上記の理由からLINEグループのログを参照する際、時期や経緯、最終決定を誰が下したのか、などの断定が難しい事案がいくつかあった為、中立的な視点の導入として、LINEグループの全てのログを読み込ませたAIによる解釈も一つの判断材料とした。
この為、LINEグループのログの収集、参照、事実や前後関係の整理、解釈の妥当性の精査、関係者への事実関係についての確認などに時間がかかることとなり、この返答が遅くなってしまったことをお詫びします。
【質問】
① MV制作はいつ、誰の発案で決定したのか
MV制作はいつ決定したのか
楽曲「We See The Light」のMVを制作する案が最初に出たのは6/19。それまでは収録曲3曲それぞれ30秒程度のショートムービーを制作する線が有力だったことを受けての村田による発言「We See The Light一曲で(MVを制作した方が)いいのかな~?」「(みなさん)どう思います?」がこれにあたる。抜粋した文章の通り、あくまで提案に留まるものではあるが、この村田の提案の後のMV制作の流れを踏まえると、ここを決定のタイミングとみなすのが最も実情に即していると考える。
ちなみにこの村田の発言に対して三浦からの返信はなかった。これは、だから三浦に責任がないという意図で記した訳ではない。「そこはどうぞご自由に」の意だとするのが実情に近いと考えられる。時にこのように責任の所在が曖昧なままMV/デザイン制作が進んでいたことの一例としてあげさせてもらった。つまり前述の村田の提案に対して三浦のレスポンスがないことを「どう位置づけるか?」今回この文章を書いている三浦の「解釈」がこれ以降の記述にも不可避的に含まれることをあらかじめご理解いただきたい。
誰の発案で決定したのか?
後述する②にあるように、村田の提案が今回の重要な争点「明らかにそれと分かる形でデモが描かれている」MVの内容まで内包していたとはみなせないように思われる点には留意いただきたいが、実際このやり取りを受けてLINEグループメンバーの伊藤ガビンから小光さんにMV制作の正式な発注があった為、村田の発案だとみなすのが妥当だと判断した。
以上を踏まえ
MV制作は6/19、村田の発案により、三浦もそれに同意して決定した。
② 内容・コンセプトはいつ、誰が決定したのか
6/7に三浦から他のLINEグループメンバーへ向けて
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俺のイメージですが
LNSY→ハイパー
みつけて→壮大
WSTL→デモ
_____________________
上記ままの楽曲の一言解説があった。
MVについてのものではないが、この発言により、「WSTL→デモ」というイメージがLINEグループメンバーに刷り込まれたように、その後のログを読み進めると読み取れる。
6/9に三浦、村田を含むLINEグループメンバーでの通話の記録があり、そこで「生活」や「デモ」といったキーワードが浮上していた可能性は高い。
この後も、アートワーク/MVについての雑談を含むやり取りが続いた中
7/5にMVディレクターの小光さんから送られてきた(現状YouTubeにアップされている完成版ほど、明らかにそれと分かるものではない)デモの描写のある2秒程のアニメーションを確認した、三浦、村田の「これで進めてください」という旨の返信があった。
以上を踏まえ
内容・コンセプトは、7/5に、三浦、村田が決定した。
③ ①・②に際し、なぜ歌唱参加者/契約社員一同に事前の共有や意思確認を行わなかったのか
過去の□□□において、時に三浦(三浦がMVの制作に関与しないケースもままあるが故)も含めたメンバーにMVの内容の確認を必ず取るという慣習がなかった為。
今回のMVの存在、内容を正社員であるいとうせいこうが知らされたのはMV発表の6時間前、8/25の夕方だった。契約社員/合唱参加者には知らせず、いとうに知らせたのは、いとうにSNS上で当該MVについて発表のタイミングでの投稿を促す為だった。このことの是非については後述するが、□□□におけるMVやアートワークなどのメンバー間での共有の意識は、正社員/契約社員を問わず、概ねこのようなものであったことの一例として挙げさせてもらった。
とはいえ、このような共有意識のあり方が今回の問題の根本にあることは仲西の問題提起からも明らかであり、またこれは仲西ならびに、他の歌唱参加者/契約社員に対して不誠実な態度であり、仲西及びその他の歌唱参加者/契約社員を利用したとの指摘については全面的にこれを認め、反省し、改善に努めたい。
④ 参加者の歌唱が映像内の主張への賛同として受け取られる可能性を、制作側は検討したのか。
検討しなかった。
なぜ検討しなかったのか、について僕の考えを述べる前に、まずMV公表までの詳細について記述します。
MV制作のスケジュールがタイトだったこともあり、未完成ながらもMVの全貌が見通せる状態の映像を三浦、村田が初めて確認したのは8/21の夜だった。この時の映像の後半のデモシーンの描写は一目見てそれとわかるものではなかった。このことから、後半のデモのシーンを一目見てそれとわかるように小光さんに仕上げてもらうかどうかが議題にのぼった。具体的にはプラカードや旗に具体的な抗議の文言を入れるか否かについて。三浦はよりデモ感を強調することに肯定的で、村田はどちらかといえば否定的な旨の発言を幾つか残しつつ、最終的には三浦に委ねるとした。次の映像確認は8/25の20時頃、このバージョンを持って完成とし、約4時間後にYouTubeにアップした。
この間もこれ以前も、参加者の歌唱が映像内の主張の賛同として受け取られる可能性を三浦、村田は一度も検討しませんでした。このことが仲西並びに他の合唱参加者/契約社員に対して不誠実だったことを認め改めて謝罪いたします。大変申し訳ありませんでした。
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ここまでは極力客観的事実と謝罪に絞って記述してきました。この先は僕個人の考えを記します。主に④についての追記のようなものになるでしょうか。
あらためて、なぜ参加者の歌唱が映像内の主張への賛同として受け取られる可能性を検討しなかったのか?
1.仲西の質問では「映像内の『主張』」とありますが、僕個人は「表現」だと解釈していたから。
2.楽曲の歌唱/演奏に参加したことが、そのままMVの「表現」(仮に「主張」だったとしても)の賛同を意味すると僕が考えていなかったから。
3.MV内で「デモ」の描写が明示されていることについて殊更「政治的」な「表現」だと僕が捉えていなかったから。
主にこの3点に集約されます。念の為に断っておきますが、上記3点、またはこの後の記述に、僕の考えを仲西、またはこれを読まれている仲西以外の方に理解してもらいたいという意図並びに弁明の意図は一切含まれていません。まさにこの3点こそが、仲西が問題にしている考え方そのものである以上、僕の考えも記す必要があると感じるから以上の意味はありません。また、僕の考えもまとまっていない為、論旨が揺らいだりわかりにくい箇所もあるかと思います。このことを踏まえて以下の補足を読んでもらえますと幸いです。
まず2.については、単に僕が人の作品に接する際、そのようには捉えないというただそれだけの理由からです。この考え方を□□□の責任者、つまり集団を率いる人間がその集団に対してそのまま援用してしまうのはあまりにも無責任であると仲西の指摘を受け止め今後見直していきます。
1.と3.についてはひとまとまりの返答とさせてもらいます。
まず「主張」か「表現」かの違いについては個々人で解釈が相当に異なる為、また仲西が今回問題にしている「主張」とは実質「政治的な主張」であると僕は理解しましたので、あくまでここでは「『ポピュラー音楽』を巡る『主張』『表現』あるいは『政治性』」にフォーカスを絞り、仲西も触れていた「□□□『聖者の行進』『合唱曲スカイツリー』の2曲が結果、『政治』あるいは『アクション』にワンタッチしたこと」を引き合いに出して述べさせてもらいます。また「アクション」の意味する所がいまいち僕が掴めないため、これ以降の文章において「アクション」はオミットさせてください。
まず「聖者の行進」「合唱曲スカイツリー」の「政治性」について。そもそも僕自身は両曲とも(「聖者の行進」の作詞作曲、MV制作に僕は一切関わっていませんが)政治的な曲だとは考えていません。もちろんリスナーがどう受け取るかはリスナーの自由に委ねますし、今回の争点である「We See The Light」の音源、MVに関してもそれは同様です。つまり仲西が件の2曲を政治にワンタッチした楽曲とみなすことももちろん否定しません。
件の2曲を政治的だと僕が捉えていない理由はシンプルで、2011年~2012年の時期に、「聖者の行進」においてはMV内に原発に異を唱える表現を盛り込むこと、「合唱曲スカイツリー」においては歌詞に「放射線」という言葉を使用すること、このどちらも政治に対する言及以上に、大袈裟に言えば、生命を脅かす危機に対する言及、だと考えるからです。生命あっての政治であってその逆ではない。つまりこの2曲を政治的だと定義するのであれば、僕からするとその人はある意味、生命も(音楽)表現も、ひいては政治に対しても、随分のんきに構えていると言わざるを得ません。念の為繰り返しますが、リスナーにこのことへの同意は求めません。またリスナーにはのんきでいる自由もあると僕は考えますし、のんきなリスナーよりこのようなことを考えているミュージシャンの方が上であるという序列も認めるところではありません。むしろ僕が思うポピュラーミュージックの最大の魅力はそのような一種のアカデミック的ヒエラルキーから自由なことだと考えています。
とはいえ「原発=政治」という図式なんて全く知りませんでした、と言い切るのもまた同様にのんきな態度でしょう。ですがこの場合「原発=政治」という自明とされている図式自体に疑いを投げかけること、あるいはこれは「原発=政治」うんぬん以前の生命の問題であるという視点を提示することこそ「表現」において最も大事にしたいことであると、いち表現者として僕は考えます。このような意味において件の2曲を安易に「政治的」とカテゴライズすることは音楽、あるいは「ポピュラーミュージック」の可能性を狭めてしまうことに繋がるとも考え賛同できません。とはいえ、そもそも楽曲の判断はリスナーに委ねる以上、僕のこの「表現」についての一席はあくまで「内部」の論理といえるでしょう。
仲西の文章を抜粋します。
□□□はこれまでも、「聖者の行進」「合唱曲スカイツリー」などの楽曲で音楽面からいわゆる「政治」あるいは「アクション」に結果的にワンタッチしてきたグループです
先程の僕の一連の見解を踏まえるまでもなく、これは「外部」から、つまりいちリスナーとしての仲西の考えであるということが窺えます。「ワンタッチ」というのは仲西がいうところの(□□□メンバーの意図がどこにあろうが)世間に(政治的な)「主張」をしたこと、と僕は読み替えました(見当外れであれば申し訳ありません。謹んで訂正します。)。
ただ「聖者の行進」「合唱曲スカイツリー」あたりの楽曲と当該曲及びそのMVではメッセージや態度の露骨さがまるで違うし、歌唱パートに関わっている「正社員」の面々とそれ以外の面々の関係性も違う。
MVやメッセージや態度の露骨さがまるで違う
先程の僕の見解の通り「聖者の行進」「合唱曲スカイツリー」と同様に「We See The Light」もまた政治的「表現」の曲だと僕は捉えていませんでした。これはつまり2026年の夏に、今の政権に「デモ」という形で抗議することは、先述の「生命を脅かす危機に対する言及」と近しい緊急性を有すると僕は感じていたのだと思います。もちろん仲西はこれには全く同意できないと思いますが。また一方で「We See The Lifht」は「聖者の行進」「合唱曲スカイツリー」に比べて、「メッセージや態度の露骨さがまるで違う」つまり遥かに明確に政治的『主張』を内包した曲でありMVであると「外部」からみなされることも理解していました。「原発=政治」同様「デモ=政治」だとは知りませんでした、は「外部」に対しては無理筋です。
わかりにくい書き方になってしまいましたが、僕の思うところの「表現」、仲西が言うところの「主張」、その二つを僕は自分に都合の良いように混合していたのだと思います。そこに「内部」であり他者=合唱参加者/契約社員への配慮はなかった。
当該曲に参加した契約社員一同の権利(有り体に言うと内面の多様性や自由)を毀損していると考えます。
合唱参加者/契約社員にMVの内容の確認を取らなかったことで「内部」である合唱参加者/契約社員の参加/不参加の選択の余地を奪い、その結果、合唱参加者/契約社員は一様にデモへ賛同していると「外部」からみなされ得ることになった。例えば『表現』としては賛同するが『主張』としては賛同できないからこの曲は参加しない。」あるいは「『表現』としては賛同に値しないが『主張』することには価値があるから参加する。」などのチョイスが本来個々にあったはずなのに。
あらためて仲西、ならびに歌唱参加者/契約社員のみなさまにこの場を借りて深く謝罪いたします。また、このことを深く受け止め、□□□としてCD、配信、MVについての今後の扱いについて検討中です。また決まり次第報告します。
最後になりますが仲西の希望・要望について。
【希望・要望】
①当該曲MVのYouTube概要欄に、当記事のURLを貼ってください。
https://morinakanishi.com/fao_kuchiroro/
8/31対応済みです。
②今後私がライブに出演する機会があるとして、そして当該曲をセットリストに入れるとして、私は当該曲を歌わず、その場に棒立ちするか舞台からはけます。その選択を認めてください。私以外の契約社員が同様の申し出をした際にも、その人自身の選択を認めてください。
仲西のXでの投稿を目にした8/29の昼過ぎに村田と僕が□□□の経費清算の件で通話する機会がありました。
その際、村田に仲西のXでのポストの存在と内容の要約を伝え、また仲西の問題提起に公の場でしっかり返答したいと考えていること、今後のライブについて②と完全に同じ内容を仲西に提案したいことを伝えました。村田もこれを了承した為、対応済みです。
③当該曲MVのYouTube概要欄に、「I See The Light」のURL を貼ってください。
https://youtu.be/p-r2wlYw3lg?si=i8XT_G_zYkyndXXr
もしくは
https://morinakanishi.com/log21/
8/31にYouTubeのリンクを貼りました。